毎日会社まで徒歩通勤している、その距離片道25分。
行きは寝ぼけた体を目覚めさせて、帰りは仕事ペースからクールダウンさせて、そして、何にも邪魔されることなく考えをまとめるための貴重な時間。
しかし、それでもどうしても考えがまとまらないときがある。
どうしても気持ちが不安定で落ち着かなくなるときもある。
そんなとき、いろんなところから言葉をひろってみる。
何からでもいい、何かちょっとでも心に反応するものがある言葉。
このところはそんな風に言葉を拾い続ける日々を過ごしている。
[拾ってきた言葉]
危険な状況や失敗することを恐れるあまり、無意識的にその場所から逃げていると孤独な状況にたどり着いてしまう。
愛することによって失うものは何もない。だが、愛することを怖がっていたら、何も得られない。
どんなに頭で考えても、行動が伴わなければ何も起こらない。
努力すればするほどラッキーになっていく。
「時を待つ心」
何事をなすにも時というものがある。
時ーそれは人間の力を超えた、目に見えない大自然の力である。
いかに望もうと、春が来なければ桜は咲かぬ。
いかにあせろうと、時期が来なければことは成就せぬ。
冬がこれば春はま近い。
桜は静かにその春を待つ。
それはまさに、大自然の恵みを心から信じきった姿といえよう。
わるい時がすぎれば、よいときは必ず来る。
おしなべて、事を成す人は、必ず時の来るのを待つ。
あせらずあわてず、静かに時の来るのを待つ。
時を待つ心は、春を待つ桜の姿といえよう。
だが何もせずに待つことは僥倖を待つに等しい。
静かに春を待つ桜は、一瞬の休みもなく力をたくわえている。
たくわえられた力がなければ、時が来ても事は成就しないであろう。
時を得ぬ人は静かに待つがよい。
大自然の恵みを心から信じ、時の来るのを信じて、着々とわが力をたくわえるがよい。
着々とわが力をたくわえる人には、時は必ず来る。
時期は必ず来る。
待てといわれればなおあせるのが人情である。
だが、自然の理はわがままな人情には流されない。
冷たいのではない。
静かに時を待つ人には、暖かい光を注ぐのである。
おたがいに時を待つ心を養いたい。
(道をひらく(松下幸之助)より)
November 2, 2008
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